メディア・表現編 2/3

メディアに刷り込まれていませんか?

〜メディアを読み解く力をつけよう〜

イラスト テレビの連続ドラマでは、よく恋愛がテーマに取り上げられています。その中で男女はどのように描かれているでしょうか。女性を幸せにするのは結局のところ男性であり、その力を持っている男性とその男性に愛される女性が主人公、こんな設定がよくされています。

 CM中のかなり多くの場面で、女性は、台所でかいがいしく働いたり、トイレの掃除に悪戦苦闘していたり、性的な対象として描かれていたりします。一方、男性の場合は、栄養ドリンクを飲み、身体にムチ打って働く姿が定番となっています。

 歌の世界では、どうでしょうか。女性のシンガー・ソングライターの出現などによって、主体的な女性の生き方が歌われ始めたという変化はありますが、まだ多くの歌は、依然として古い価値に縛られた男性、女性の姿を映しています。

 「美意識」、「女らしさ・男らしさ」、「人が人を見る基準」は、伝統などと同様に心の深層で育まれるものです。理性ではなく感性が、人間に美意識や価値観を刷り込むのに影響力を及ぼします。映像や音楽は、言葉とともにその強力な手段です。CMなどで繰り返される映像のメッセージは、否応なく人々の感性に訴え、男女の役割分担を固定的なものとして植え付けるのです。こうした状況は、まず作り手、送り手の側が男性主導であり、男性中心の価値観で仕切られていることに起因しています。

 私たちメディア情報の受け手としては、メディアから送られてくるものが、送り手の価値観により切り取られ、加工されており、現実の世界とは異なるものである可能性を十分認識しておくべきでしょう。特に、今の子どもたちは、多様な形のメディアにさらされる時間が長い分だけ、そこから、学校教育や親の教育以上の影響を受けているとも言えます。この現状をしっかり認識し、性差別的な刷り込みに気をつけ、情報を取捨選択できる力(メディア・リテラシー)を養いましょう。

ライフスタイルを自由に選ぼう

 男性はセンタクをしなくて済む人生、女性はいつもセンタクを迫られる人生、という見方があります。このセンタクとは≪選択≫です。(洗濯については言うまでもありません)

 男性は、これまで、仕事もし、結婚もし、子どもも持つことができました。「あれも・これも」人生は、男性にとって≪選択≫によって犠牲の生まれないライフスタイルでした。

 一方、女性には、節目ごとに、結婚するか・仕事を続けるか、子どもを持つか・仕事を続けるか、夫の姓にするか・姓を変えないために結婚しないか...「あれか・これか」の選択の悩みがありました。結婚にまつわる家事・育児・介護が慣習的に女性の責任とされてきたからです。「か・か・か」人生は女性を苦しめてきました。

 これからは、どちらの性にとっても、「あれも・これも」できる暮らし方を実現させましょう。