メディア・表現編 1/3

いつも使っている言葉、
よ〜く考えてみませんか?

〜言葉は世につれ、世は言葉につれ〜

イラスト 人生の主人公は一人一人であり、本来男性か女性かは関係ないはずなのに、なぜ男だけが「主」人、世帯「主」と呼ばれるのでしょう?「主人」の対義語が「奴隷」、「従者」、「家来」であると考えたら、男性を指すこの語が差別的なものだということがわかります。同様に、女性が家に閉じこめられている存在であることを認めてしまう「奥さん」、「家内」や、妻を夫の付属物とみなすかのような「夫人」なども日常的に使われています。これらの例から言えるのは、言葉が社会のありよう(ここでは男性の優位性)を映すということです。

 ところで、「かわいい」や「素直な」は女性に対する誉め言葉でしょうか?

 そこで「かわいい」という形容詞の意味を考えてみます。国語辞典では「ほほえましく感じさせるほど小さく愛らしい」と定義しています。さて、次の例をごらんください。

 かわいい{ペット/赤ちゃん/女(男)の子/女/妻/男/夫/父/社長/大統領/独裁者}

 「かわいい」のあとに続く名詞は、人によって許容度に差があります。一般的に、後に行くにしたがって許容度が低くなり、逆に左に行くほど高くなるのではないでしょうか。こう考えると、一人前の立派な人間に「かわいい」はつけにくいものです。

 「素直な」という表現でさらに同じように考えてみましょう。

 素直な{ペット/赤ちゃん/女(男)の子/女/妻/男/夫/父/社長/大統領/独裁者}

 やはり後に行くにつれて首を横に振る人が多くなるでしょう。その理由は、「かわいい」と「素直な」の意味の類似性にあります。まさに社会が期待するジェンダー(女らしさ、男らしさ)にかかわるからです。特に上記の{ }のうち、赤ちゃんから妻まで、日本語ではこの性質がむしろ望ましいことと思われているようです。

イラスト けれども、面白いことに英語では、特に女や妻が「素直」であることを不適切と考えます。女や妻が大人であるかぎり、「素直さ」を人間の未熟さと考えるからです。ペットが人間に従うべき存在であることは当然ですが、人間は赤ちゃんのうちは未熟ですが、できる限り早くその未熟性を取り去り、「素直」でない大人になるべきと考えるのです。

 このように、民族や文化によって価値観が違うことを知れば、自分の文化的価値が唯一絶対のものではないと納得し、言葉の使い方を考え直すきっかけにもなるのではないでしょうか。言葉は社会のありようによって左右されるものではありますが、言葉そのものの使い方を見直すことによって、社会が変わる可能性もあるのです。